2020年09月26日

信玄袋

信玄袋
 私は普段カバンというものを持たない。
 ただ、和装のときは、信玄袋を提げる。
 また普段はマネークリップをポケットに入れているため、長財布というのも持たない。
 写真は、私が和装のときに携帯する信玄袋、鶴亀松竹梅の長財布、そして根付を付けた小銭入れ。
 根付は私の干支に合わせて、俵に鼠、飛騨の櫟一刀彫で誂えたものだ。根付の紐は帯に挟める長さにしてある。
 タバコを吸っていたころは、小銭入れではなく、祖父の叺と煙管入れがセットになった莨入れを侍結びにした帯に挿した。
 写真のものは、どれも、三十年ほど前に購入したものだ。
 いずれも、素材は印傳。  


Posted by 柴田晴廣 at 18:53Comments(0)雑談

2020年09月26日

勝魚のたたき

勝魚のたたき
 今晩は勝魚のたたきで一盃やっている。
 五時前から呑んでいるから、三合ぐらいは呑んだだろう。
 あと二合ぐらいは最低呑みたいところだ。
 先にも書いたが、私は脂がのった魚は嫌いだ。
 脂がのった魚は品がない。
 だから、今回のたたきも背の部分だ。
 亡き父も勝魚が好きだった。ただ父はたたきより、刺身が好きだった。
 生姜、、大蒜、玉葱を卸し、小ねぎを刻んで薬味に加え、溜り醤油で食すのを父は好んだ。父は木屋の卸金を使ってよく卸していた。
 父が亡くなる一週間ほど前、勝魚の刺身で一緒に一盃やった。
 父をしのんで、父が冷酒を呑んでいたときに、愛用していた「愛知大学同窓会創立五十五周年記念」の升で呑んでいる。  


Posted by 柴田晴廣 at 18:42Comments(0)雑談

2020年09月25日

羽裏

羽裏
 先に、鼻緒の挿げ替えについて書いたように、わたしは年に一度ぐらいは着物を着るし、浴衣も着る。
 添付の写真は、私の着物の羽織の裏地である。
 いわゆる金太郎の鯉掴みといわれる絵柄だ。長襦袢もともの絵柄で拵えた。羽織の紐はもちろん、今様の引っ掛けるものではなく、自分で結ぶものだ。丈も今様の二尺四寸ではなく、昔からの二尺七寸。
 今は廃業してしまったが、私の師匠(弓術日置流雪荷派の師匠)が営んでいた佐脇屋呉服店で誂えた。
 表(大島紬)より、羽裏と長襦袢を合わせた値の方が、二倍近く掛かった。
 手書きの友禅の誂えだから、当然だろう。
 履物もそうだが、見えないところに金を掛けるのが、特に男性の和装の粋だ。
 私も一応、雪荷派の弓を引くことから、着物は自分で着れる。
 プロフィールの写真の裃も自分で着たものだ。
   


Posted by 柴田晴廣 at 18:58Comments(0)雑談

2020年09月25日

とろろ汁?

納豆、オクラ、青紫蘇、ツナ缶
 とろろ汁に見えますが、納豆、オクラ、青紫蘇、ツナ缶のツナを細かく刻んで、混ぜて、卵とだし汁を混ぜたものです。
 これで、今晩は一盃。
 暑さ寒さも彼岸までとはいいながら、まだ暑いことから、酒がぬるくならないように、升で。
 升は、遠州森の祭りの比雲社(知人の山口大学文化人類学准教の谷部真吾君の所属町内(横仲町)の祭礼組織)の舞子返しで頂いたもの。
 楽しみな森のお祭りですが、今年は中止。
 ここ何年かは、城下の笛の名手・薫(しげ)ちゃんと、昼は翠清(周智郡森町天宮731)で一盃やることが多いですが、やはり森の祭りといえば、芋汁。
 自然薯のとろろ汁に、ほぐした焼きサバ、出汁を取った干し椎茸を刻んだものなどが入った芋汁で、まず一盃。
 ツナ缶のツナをいれたのも、森の祭りの芋汁のほぐした焼きサバを意識してのこと。
 森の祭りの芋汁は、酒の肴にもってこいのものだ。  


Posted by 柴田晴廣 at 18:39Comments(0)雑談

2020年09月23日

海老の押しずし

海老の押しずし
 今日は海老に串を挿し、茹でて、海老の押しずしを作った。
 以前にも書いたが、私はすし酢は使わない。
 塩、砂糖、味醂、昆布茶、そして穀物酢を使い、火を入れる。
  


Posted by 柴田晴廣 at 17:18Comments(0)雑談

2020年09月21日

鼻緒の挿げ替え

右近下駄
 今年は履くことがなかったが、右近下駄の鼻緒を挿げ替えた。
 三十年ほど前に買ったもので、表面に自分で柿渋を塗って防水性を高めた。
 鼻緒は柿渋を塗り日に当てた台に合わせて茶色のものを選んだ。
 買った時とはだいぶイメージが変わった。
雪駄
 ついでに雪駄の裏金を打ち換えてもらった。打ち換えは無料だった。
 雪駄は尾張の津島で買ったものだ。これも買ってから三十年ほど経つ。
 雪駄も作る人がいなくなり、値段は高騰している。

 昨今、若者が浴衣や観光地で着物を着ている姿をよく見かける。
 どうにも気になるのが、履物のサイズだ。
 サンダルじゃないんだから、踵が出るぐらいの小さめのものを鼻緒をつっかけて履くのが、粋であり、女性は歩き方に色気が出る。
 踵が出ないサンダルのようなぴったりのサイズでは、ドタドタ歩く風で、どうにも見苦しい。
 浴衣はともかく、観光地で金をとって着付けをしているのに、履物のサイズが大きすぎて見苦しいのはいただけない。
 どういう感覚で商売をしているのだろう。
 もしかして、和装の履物の知識もなく、商売をやっているのだろうか。
   


Posted by 柴田晴廣 at 10:34Comments(0)雑談

2020年09月19日

無能な安倍

 無能な安倍が靖国に参拝したとのニュースがあった。
 先に記したように安倍の祖父・安倍寛は、岸とは対極にあった人物だ。
 安倍寛が現在も生きていたら、確実に靖国などには、参拝しないだろうし、参拝に反対しただろう。
 大体靖国は、神社と名は付くものの、一般的な神社とは成り立ちが異なる。
 その濫觴は、禁門の變で、賊軍となった長州の兵の靈を招魂したことに始まる。
 その招魂祭は、中国由来のものであり、朝廷は招魂祭を禁止していた。
 その時に招魂した霊も靖国に祀っている。
 大体いい加減なものなのだ。
 靖国を一言でいえば、召集され、『兵隊節』を口ずさみ、無念の死を遂げた兵の靈が怨霊となり、戦争責任者の裕仁に祟るのを防止した施設といえる。
 それゆえA級戦犯を合祀したのだ。
 いい加減な安倍がいい加減な靖国という施設に参ったということだ。  


Posted by 柴田晴廣 at 15:59Comments(0)雑談

2020年09月16日

革新官僚

 先月28日に自由民主党は朝鮮労働党と変わるものでない旨を書いた。
 もう少し具体的にどう変わらないかを記して置こう。
 現在自由民主党は、清和会の流れをくむ細田派が多数を占めている。
 その源流は岸信介にある。
 この岸。官僚時代は革新官僚といわれた代表的な人物だ。
 革新官僚とはソ連の五か年計画を良しとし、軍の統制派と結びついていた。
 ソ連が崩壊した今、スターリンの政策を一番受け継いでいるのは、朝鮮民主主義人民共和国である。
 そして先日辞任表明をした安倍は外祖父岸をあがめていた。
 つまり安倍やその政策を継承する自由民主党は、朝鮮労働党と変わるものではないのだ。
 このクニ自体、朝鮮民主主義人民共和国とさして変わっているわけはないが。
 話は変わるが、安倍の妙なのは、いろいろな場面で男系を重視しているにもかかわらず、安倍を名乗っているのに、祖父・安倍寛(1894~1946)についてはまったく口にしないことだ。
 この安倍寛は、岸とは真逆の人物だ。
   


Posted by 柴田晴廣 at 06:28Comments(0)雑談

2020年09月15日

スカ

 私の子供のころ、駄菓子屋で籤を引くと、ハズレはスカと書いてあった。
 菅義偉はまさにスカだ。
 ちなみにスカはカスの倒語。
 こんな御仁に期待しているという老齢のご婦人が拉致被害者の横田早紀江だ。
 先に書いたように、身内の質問にも答えれなかったスカの外交に期待などできるはずはない。
 大体「外交の安倍」とかいったが、安倍の外交は、税金を原資とする金を海外でばらまいて来ただけだ。
 こんなことは幼稚園児でもできる。
 それを継承すると宣言したのがスカだ。
 横田早紀江の考えには首をかしげる。
 横田早紀江のお目出たい思考の哀れさには同情する。
 まっとうな蓮池薫氏が、こうしたお目出たい連中が主導する拉致被害の会から距離をとったのも頷ける。  


Posted by 柴田晴廣 at 17:25Comments(0)雑談

2020年09月14日

やっぱり

 身内ともいえる他候補からの質問にもまともに答えれないような奴が自民党総裁になった。
 先に自民党総裁など、児童会や生徒会の会長以下の役職だと書いたが、やはりそうだった。
 菅のような奴がなれる役職だからだ。
 それにしても、三人の中では一番まともな石破が最下位というのも、自民党という集団のレベルを表している。
 総裁だけでなく、自民党という集団そのものが無能者が支配しているということになる。
 菅は「自助、共助、公助」を掲げていたが、公助が最下位なら、そんな政権は要らない。民に目が向いてない民主主義を全く理解していない人物が菅だ。
 こんな無能集団に政党助成金という名で税金の無駄遣いがされていることを再考すべきだ。
 加えて、テレビの報道などで、菅の圧勝を肯定的にとらえている意見が多く聞かれたが、この国そのものが無能集団になっている。
 文部科学省の愚民化教育が功を奏しているのだろう。  


Posted by 柴田晴廣 at 18:55Comments(0)雑談