2023年04月29日
見性成佛
このweb-logで何度も書いているが、此の世も彼の世も胡蝶の夢と思っている。
そして、その連続が輪廻轉生。
楽しい夢ばかりではないから、六道輪廻。
醫療行為は、四苦からの衆生濟度。
生老病死は、生まれ、老い、病になり、やがて死を迎えるという人生の順に並んでいるのではなく、苦しい順に並んでいると今は思っている。死も苦しいだろうが、生き地獄の言葉もあるように生きることは、死より苦しいこともある。治る病は數多あれど、老いには抗えない。
ただ、その生老病死も所詮は幻想だろう。
すべての事象が共同幻想であり、受想行識もまた自己幻想ないし対幻想にすぎないからだ。
正法明如來という佛が、衆生濟度のため、菩薩になった觀自在菩薩が説く、智慧。
般若心經の理解は深まり、四苦からは解放された。とはいえ、般若心經に書かれた文字からの受想行識の理解であり、直指人心 見性成佛ではない。
悟りははるか向こう。まだまだ輪廻轉生は続く。
先に投降した不立文字の続きである。
https://tokosabu.dosugoi.net/e1270787.html
そして、その連続が輪廻轉生。
楽しい夢ばかりではないから、六道輪廻。
醫療行為は、四苦からの衆生濟度。
生老病死は、生まれ、老い、病になり、やがて死を迎えるという人生の順に並んでいるのではなく、苦しい順に並んでいると今は思っている。死も苦しいだろうが、生き地獄の言葉もあるように生きることは、死より苦しいこともある。治る病は數多あれど、老いには抗えない。
ただ、その生老病死も所詮は幻想だろう。
すべての事象が共同幻想であり、受想行識もまた自己幻想ないし対幻想にすぎないからだ。
正法明如來という佛が、衆生濟度のため、菩薩になった觀自在菩薩が説く、智慧。
般若心經の理解は深まり、四苦からは解放された。とはいえ、般若心經に書かれた文字からの受想行識の理解であり、直指人心 見性成佛ではない。
悟りははるか向こう。まだまだ輪廻轉生は続く。
先に投降した不立文字の続きである。
https://tokosabu.dosugoi.net/e1270787.html
2023年04月26日
親鸞、日蓮、空海と明星のスタンス
前回の投稿のコメントで、安達君が、宗旨は眞宗高田派と記していた。
https://tokosabu.dosugoi.net/e1270787.html
眞宗高田派の本山は現在三重県津市の高田山專修寺であるが、この專修寺は元々下野國芳賀郡高田村(栃木県真岡市高田)にあった本寺高田山專修寺をいった。
下野の專修寺(本寺專修寺)は、嘉祿元(1225)年に、明星天子のお告げにより、親鸞(1173~1263)が建立した如來堂を起源とし、弟子の眞佛(一二〇九~一二五八)が管理していたが、眞佛の跡を繼いだ顯智(一二二六~一三一〇)は三河で布教をし、和田山勝鬘寺(岡崎市針崎町朱印地/眞宗大谷派)、昭高山願照寺(岡崎市舳越町本郷/眞宗本願寺派)、塚本山明法寺(安城市安城町拝木/眞宗大谷派)を據點とした和田門徒が形成される。
三河の高田派の進出もこれによる。
さて、本寺專修寺は、明星天子のお告げにより建立されるが、陰陽道で明星を神格化したのものが、八將神の一柱の大將軍であり、その本地の他化自在天は、第六天魔王波旬ともいわれ、佛道の修行を妨げる魔王である。
親鸞は、佛道修行の妨げとなる、妻帶、蓄髮していたし、僧侶の妻帶、蓄髮を認めていた。その親鸞は、皍身成佛を手段として衆生の救濟の途を開いた。
日蓮(1222~1282))は、千光山清澄寺で出家得度し、清澄寺で立教開宗した。清澄寺の本尊は虚空藏菩薩、日蓮は、その虚空藏菩薩に、「日本第一の智者となし給え」と、願を掛けたという。
虚空藏菩薩が明けの明星の化身といわれる。
日蓮は、第六天魔王波旬について、佛道修行者を『法華經』から遠ざけようとして現れる魔であると説くも、純粹な『法華經』の信者には、力を貸す天魔と、説いている。また日蓮が現した『法華經』の曼荼羅にも、第六天魔王波旬が描かれている。
『佐渡御勘氣抄』で、「海邊の旃陀羅か子なり」と稱した日蓮は、惡人正機(『歎異抄』三章)に目が向いたはずだ。
第六天魔王波旬を純粹な『法華經』の信者には、力を貸す天魔と解釋したのは、『法華經』卷八收録の二五品「觀世音菩薩普門品」(通稱『觀音經』)の一節「應以大自在天身 得度者 皍現大自在天身 而爲説法」もヒントになっただろう。他化自在天と大自在天は異なる天尊であるが、道元(1200~1253)は『正法眼藏』の「諸惡莫作」で、「いはゆる諸佛 あるいは自在天のことし 自在天に同不調なりといへとも 一切の自在天は諸佛にあらす」と説いている。日蓮は、「觀世音菩薩普門品」の一節「應以大自在天身 得度者 皍現大自在天身 而爲説法」の一節の大自在天を他化自在天に置き換え、第六天魔王波旬を純粹な『法華經』の信者には、力を貸すとの言説を思い付いたのだろう。
このように、親鸞や日蓮は、明星と關わる逸話とともに、第六天魔王波旬の位置付けを説いている。
ところが、空海(774~835)は、延暦11(792)年、大學寮に入寮後、遣唐使に選ばれる延暦22(803)年の間の山岳修行中に、一沙門から「虚空藏求聞持法」を授かり、それを修め、室戸岬の御厨人窟(高知県室戸市室戸岬町)で瞑想をしているとき、口に明星が飛び込んで來たと、自著の『三教指歸』の序文で、自己幻想を綴っているも第六天魔王波旬については觸れてもいない。
『三教指歸』は、空海晩年の著作だが、延暦14(797)年に書き上げた『聾瞽指歸』を改題、改定したものであり、儒教、道教、佛教の比較思想論との評価が一般的だ。
一般的な評価はさておき、空海に道教の知識があったとはとてもじゃないが、思えない。
https://tokosabu.dosugoi.net/e1270787.html
眞宗高田派の本山は現在三重県津市の高田山專修寺であるが、この專修寺は元々下野國芳賀郡高田村(栃木県真岡市高田)にあった本寺高田山專修寺をいった。
下野の專修寺(本寺專修寺)は、嘉祿元(1225)年に、明星天子のお告げにより、親鸞(1173~1263)が建立した如來堂を起源とし、弟子の眞佛(一二〇九~一二五八)が管理していたが、眞佛の跡を繼いだ顯智(一二二六~一三一〇)は三河で布教をし、和田山勝鬘寺(岡崎市針崎町朱印地/眞宗大谷派)、昭高山願照寺(岡崎市舳越町本郷/眞宗本願寺派)、塚本山明法寺(安城市安城町拝木/眞宗大谷派)を據點とした和田門徒が形成される。
三河の高田派の進出もこれによる。
さて、本寺專修寺は、明星天子のお告げにより建立されるが、陰陽道で明星を神格化したのものが、八將神の一柱の大將軍であり、その本地の他化自在天は、第六天魔王波旬ともいわれ、佛道の修行を妨げる魔王である。
親鸞は、佛道修行の妨げとなる、妻帶、蓄髮していたし、僧侶の妻帶、蓄髮を認めていた。その親鸞は、皍身成佛を手段として衆生の救濟の途を開いた。
日蓮(1222~1282))は、千光山清澄寺で出家得度し、清澄寺で立教開宗した。清澄寺の本尊は虚空藏菩薩、日蓮は、その虚空藏菩薩に、「日本第一の智者となし給え」と、願を掛けたという。
虚空藏菩薩が明けの明星の化身といわれる。
日蓮は、第六天魔王波旬について、佛道修行者を『法華經』から遠ざけようとして現れる魔であると説くも、純粹な『法華經』の信者には、力を貸す天魔と、説いている。また日蓮が現した『法華經』の曼荼羅にも、第六天魔王波旬が描かれている。
『佐渡御勘氣抄』で、「海邊の旃陀羅か子なり」と稱した日蓮は、惡人正機(『歎異抄』三章)に目が向いたはずだ。
第六天魔王波旬を純粹な『法華經』の信者には、力を貸す天魔と解釋したのは、『法華經』卷八收録の二五品「觀世音菩薩普門品」(通稱『觀音經』)の一節「應以大自在天身 得度者 皍現大自在天身 而爲説法」もヒントになっただろう。他化自在天と大自在天は異なる天尊であるが、道元(1200~1253)は『正法眼藏』の「諸惡莫作」で、「いはゆる諸佛 あるいは自在天のことし 自在天に同不調なりといへとも 一切の自在天は諸佛にあらす」と説いている。日蓮は、「觀世音菩薩普門品」の一節「應以大自在天身 得度者 皍現大自在天身 而爲説法」の一節の大自在天を他化自在天に置き換え、第六天魔王波旬を純粹な『法華經』の信者には、力を貸すとの言説を思い付いたのだろう。
このように、親鸞や日蓮は、明星と關わる逸話とともに、第六天魔王波旬の位置付けを説いている。
ところが、空海(774~835)は、延暦11(792)年、大學寮に入寮後、遣唐使に選ばれる延暦22(803)年の間の山岳修行中に、一沙門から「虚空藏求聞持法」を授かり、それを修め、室戸岬の御厨人窟(高知県室戸市室戸岬町)で瞑想をしているとき、口に明星が飛び込んで來たと、自著の『三教指歸』の序文で、自己幻想を綴っているも第六天魔王波旬については觸れてもいない。
『三教指歸』は、空海晩年の著作だが、延暦14(797)年に書き上げた『聾瞽指歸』を改題、改定したものであり、儒教、道教、佛教の比較思想論との評価が一般的だ。
一般的な評価はさておき、空海に道教の知識があったとはとてもじゃないが、思えない。
2023年04月22日
不立文字(ふりゅうもんじ)
がんの再発悪化で、先も見えてきた中で、大著を残したことはすごいことだと言ってくれる方もいる。
そして、その著書が時空を超えて残るとも。
ただ、私はそうは思わない。
このweb-logで、「胡蝶の夢」等書いているように、私の考えの柱の一つは老荘思想である。
この老荘思想の前提にあったのが、禪だ。
私は、豊川高校の卒業。在学時に校内に坐禪堂が完成し、授業とは別に、參禪した。
上記のように、私は書いたものが時空を超えて残るなどとは思っていない。
禪の教義で不立文字という言葉がある、文字や言葉では、本当のところは傳わらないということをいう。
文字でどれだけ残しても、傳えたいことが傳わるとは思わない。
私の著作を読まなくても、縁のある者には以心傳心、と私は思っている。
一つ加えて置けば、私は文字のみで、言いたいことを傳えられるほど文章は上手くない。
そして、その著書が時空を超えて残るとも。
ただ、私はそうは思わない。
このweb-logで、「胡蝶の夢」等書いているように、私の考えの柱の一つは老荘思想である。
この老荘思想の前提にあったのが、禪だ。
私は、豊川高校の卒業。在学時に校内に坐禪堂が完成し、授業とは別に、參禪した。
上記のように、私は書いたものが時空を超えて残るなどとは思っていない。
禪の教義で不立文字という言葉がある、文字や言葉では、本当のところは傳わらないということをいう。
文字でどれだけ残しても、傳えたいことが傳わるとは思わない。
私の著作を読まなくても、縁のある者には以心傳心、と私は思っている。
一つ加えて置けば、私は文字のみで、言いたいことを傳えられるほど文章は上手くない。
2023年04月16日
無題
このweb-logを始めたのが、2017年8月24日。
その約一月前の7月19日、がんの転移で、末期がんと診断され、治療を受けても2年半と宣告された。
ただ、このweb-logで書いてきたように、がん治療は日進月歩。
転移を寛解させれば、完治も望めると。
実際転移は寛解したものの、その後、再発が発覚、来れも寛解。
ところが、昨年1月末、再度再発。
6月ごろには、もって2月と。
妹からは、「あんたもお母さんも見るつもりはないから、絶対連絡してくるな」と。
先のことを考えれば、母が心配で、母の在所の跡を取った叔母に母の成年後見人を頼んだところ、逃げの一手。
恩を仇で返された。
母の姉妹も東京の叔母を除き、連絡は途絶える。
自分自身の体に話を戻せば、再発及び転移しており、寛解は無理だろう。
また、神経性の疼痛で、腰より下がしびれており、歩行も困難になって来た。
これは見越しており、すでに介護申請はしてある。
できれば、最期は自宅でと思っているからだ。
楽に往生したいと思っている。
そのような手配をしているが、母のことが気がかりである。
その約一月前の7月19日、がんの転移で、末期がんと診断され、治療を受けても2年半と宣告された。
ただ、このweb-logで書いてきたように、がん治療は日進月歩。
転移を寛解させれば、完治も望めると。
実際転移は寛解したものの、その後、再発が発覚、来れも寛解。
ところが、昨年1月末、再度再発。
6月ごろには、もって2月と。
妹からは、「あんたもお母さんも見るつもりはないから、絶対連絡してくるな」と。
先のことを考えれば、母が心配で、母の在所の跡を取った叔母に母の成年後見人を頼んだところ、逃げの一手。
恩を仇で返された。
母の姉妹も東京の叔母を除き、連絡は途絶える。
自分自身の体に話を戻せば、再発及び転移しており、寛解は無理だろう。
また、神経性の疼痛で、腰より下がしびれており、歩行も困難になって来た。
これは見越しており、すでに介護申請はしてある。
できれば、最期は自宅でと思っているからだ。
楽に往生したいと思っている。
そのような手配をしているが、母のことが気がかりである。
Posted by 柴田晴廣 at
09:19
│Comments(12)
2023年04月10日
若葉祭

昨年、もって二ヶ月といわれたときには、もうお祭りは見れないなと諦めていた。
その諦めていたお祭りを晩慣らしから三日間堪能できた。
少子化、娯楽の多様化などで若い衆に加入する者が減少していた。
それがコロナ下での三年間の中止で、加速した。
コロナ下で、祭礼組織の変容、それに伴う祭禮の変容の顕在化は予想されたことであったが、想像以上に、祭禮の変容は激しいものであった。
ただ、予想に反しといえば、上若組の隠れ太鼓は良かった。
衣装替えも全員吹けるそうだ。
これは期待が持てる。