2023年03月30日
無題
書こうか書かまいか迷ったが
先月28日の夜、腹痛でやぐるい、翌3月1日早朝、救急車を呼び、入院。
8日に退院したものの、12日未明にやぐるい、早朝再び救急車を呼び、24日まで入院。
この入退院で、一気に欲が、なくなった。煩悩がいくつか消え、成仏に近づいたということか。
私の予想をはるか超えて、がんが進行している。
先は長くないだろう。
とはいえ、握年刊行した『穂国幻史考(増補新版)』は、急遽まとめたものであり、これだけは手を入れたいと思っている。
今も、鍼を打ちに行ってきた。少し楽になってきた。
人格的生存を優先して、往生しようと思っている。
先月28日の夜、腹痛でやぐるい、翌3月1日早朝、救急車を呼び、入院。
8日に退院したものの、12日未明にやぐるい、早朝再び救急車を呼び、24日まで入院。
この入退院で、一気に欲が、なくなった。煩悩がいくつか消え、成仏に近づいたということか。
私の予想をはるか超えて、がんが進行している。
先は長くないだろう。
とはいえ、握年刊行した『穂国幻史考(増補新版)』は、急遽まとめたものであり、これだけは手を入れたいと思っている。
今も、鍼を打ちに行ってきた。少し楽になってきた。
人格的生存を優先して、往生しようと思っている。
Posted by 柴田晴廣 at 16:31│Comments(40)
この記事へのコメント
柴田晴廣 様
少しでも苦痛を和らげる方法があれば、試みてみましょう。
お大事にしてくださいね。
少しでも苦痛を和らげる方法があれば、試みてみましょう。
お大事にしてくださいね。
Posted by 安達 恭史 at 2023年03月31日 00:10
柴田晴廣 様
人生や生きることを学ばせていただいています。
生きる姿を見ています。応援しています。
人生や生きることを学ばせていただいています。
生きる姿を見ています。応援しています。
Posted by ナツ
at 2023年03月31日 08:05

柴田晴廣 様
明日から新年度が始まります。小生、実のところ、春の訪れが心から好きになれないのですが、牛久保の祭礼は、いつも心待ちにしていました。中国発疫病禍で祭礼は数年中止となってしまいましたね。再開の運びとなり喜ばしいのですが、風の便りでは担い手の青年が減り、年寄りが増えて氏子の年齢構成のバランスが崩れてしまっているようですね。某氏から故郷を離れた元氏子に年行司の手伝いを乞われましたが、手伝いで行けそうにありません。それに町内会費を納めていないし、気にしなくていいと言われても、出張るのは心苦しいものです。
明日から新年度が始まります。小生、実のところ、春の訪れが心から好きになれないのですが、牛久保の祭礼は、いつも心待ちにしていました。中国発疫病禍で祭礼は数年中止となってしまいましたね。再開の運びとなり喜ばしいのですが、風の便りでは担い手の青年が減り、年寄りが増えて氏子の年齢構成のバランスが崩れてしまっているようですね。某氏から故郷を離れた元氏子に年行司の手伝いを乞われましたが、手伝いで行けそうにありません。それに町内会費を納めていないし、気にしなくていいと言われても、出張るのは心苦しいものです。
Posted by 安達 恭史 at 2023年03月31日 09:17
安達恭史さん
書き足したように、人格的生存優先で往生したいと思っております。
緩和措置はいろいろち試してみます。
今年の祭禮がおそらく、見納めになると思いますが、祭礼組織ないし祭礼の変容については、っ十分書き残せたと思っております。
死ななきゃわからないバカもいるものです。ただ、ああいうバカがいたから、祭礼組織の変容を考えるに当たって参考になりました。
牛窪のお祭りがこれからどう変容するか、きょうちゃん、見届けてください。
書き足したように、人格的生存優先で往生したいと思っております。
緩和措置はいろいろち試してみます。
今年の祭禮がおそらく、見納めになると思いますが、祭礼組織ないし祭礼の変容については、っ十分書き残せたと思っております。
死ななきゃわからないバカもいるものです。ただ、ああいうバカがいたから、祭礼組織の変容を考えるに当たって参考になりました。
牛窪のお祭りがこれからどう変容するか、きょうちゃん、見届けてください。
Posted by 柴田晴廣
at 2023年03月31日 14:25

ナツさん
大した生き様じゃありませんが、四苦八苦の四苦の意味は、ちゃんと理解できたように思います。
それと今回の入退院で、108の煩悩の幾つかは消えたように思います。
私の家系は神農黄帝とゆかりが深い。中世の津島信仰では、神農黄帝と牛頭天王が習合していました。
牛頭天王の本地・藥師如來が坐す東方淨瑠璃世界に往生できるように、精進します。
もしかして、ナツさんが牛久保小学校にいたころ、安達恭史君は牛久保小学校に在学していたんじゃないでしょうか?
大した生き様じゃありませんが、四苦八苦の四苦の意味は、ちゃんと理解できたように思います。
それと今回の入退院で、108の煩悩の幾つかは消えたように思います。
私の家系は神農黄帝とゆかりが深い。中世の津島信仰では、神農黄帝と牛頭天王が習合していました。
牛頭天王の本地・藥師如來が坐す東方淨瑠璃世界に往生できるように、精進します。
もしかして、ナツさんが牛久保小学校にいたころ、安達恭史君は牛久保小学校に在学していたんじゃないでしょうか?
Posted by 柴田晴廣
at 2023年03月31日 14:26

安達恭史さま
聞いた話ですが、笹踊の人数が足りず、豊川高校の生徒に応援を頼むそうです。
「若葉祭」の県の指定の指定団体は、確か、牛久保八幡社氏子だったはずですが、氏子でもない者に応援を多能なら、無形民俗文化財の県の指定を返上すべきですね。
コロナ下の中止で、祭禮組織ないし祭礼の変容は顕在化するとは、予測しておりましたが、私の予測以上の変容の顕在化です。
それに今年の「若葉祭」のポスターも、相変わらず、ひどいもんです。
回覧板で十分で、町内に貼る必要などなし。もっともあんなポスターじゃ、外部の人が見ても、なんだかわからない。
自己満足以外の何物でもない無駄遣いポスターです。
聞いた話ですが、笹踊の人数が足りず、豊川高校の生徒に応援を頼むそうです。
「若葉祭」の県の指定の指定団体は、確か、牛久保八幡社氏子だったはずですが、氏子でもない者に応援を多能なら、無形民俗文化財の県の指定を返上すべきですね。
コロナ下の中止で、祭禮組織ないし祭礼の変容は顕在化するとは、予測しておりましたが、私の予測以上の変容の顕在化です。
それに今年の「若葉祭」のポスターも、相変わらず、ひどいもんです。
回覧板で十分で、町内に貼る必要などなし。もっともあんなポスターじゃ、外部の人が見ても、なんだかわからない。
自己満足以外の何物でもない無駄遣いポスターです。
Posted by 柴田晴廣
at 2023年04月01日 14:09

柴田晴廣 様
笹踊の人数が足らない、青年の人数が足らない、年行司の人数も足らない、なるほど。そこまで来ましたか。。。
ところで、応援を頼まれた豊川高校の学生さんは、寺町の氏子ではないのですか?
若葉祭のポスターを集めてみようかと考えたことありましたが、そんなに酷いのですか?柴田さんは、以前、風祭のポスターの方がはるかによく出来ている、と言ってましたのを記憶しております。どんなポスターなのか見てみたいものです。。。
安達恭史
笹踊の人数が足らない、青年の人数が足らない、年行司の人数も足らない、なるほど。そこまで来ましたか。。。
ところで、応援を頼まれた豊川高校の学生さんは、寺町の氏子ではないのですか?
若葉祭のポスターを集めてみようかと考えたことありましたが、そんなに酷いのですか?柴田さんは、以前、風祭のポスターの方がはるかによく出来ている、と言ってましたのを記憶しております。どんなポスターなのか見てみたいものです。。。
安達恭史
Posted by 安達恭史 at 2023年04月01日 14:39
柴田晴廣 様
私の暮らす荒川区の祭礼、天王祭の御神幸祭(本まつり)は、三年に一度で、昨年がその年でした。しかし、中国発疫病禍にさらされて、今年に延期されました。今年六月上旬は、氏子六十一か町が全て神輿を担ぎ出します。人出はかなりのものですが、各町会で人手不足という話も確かにありますね。最近の風潮なのでしょうが、関係のない者が、近隣の有名な神輿祭(浅草三社、深川、山王、神田など)に参入している光景を目にします。そういうのを嫌う年寄も多くいます。
しかし、疫病封じの祇園祭が、コロナで縮小・延期せざるを得なかった荒川区蘇民将来の子孫たちは、悔しかったことでしょう。
安達恭史
私の暮らす荒川区の祭礼、天王祭の御神幸祭(本まつり)は、三年に一度で、昨年がその年でした。しかし、中国発疫病禍にさらされて、今年に延期されました。今年六月上旬は、氏子六十一か町が全て神輿を担ぎ出します。人出はかなりのものですが、各町会で人手不足という話も確かにありますね。最近の風潮なのでしょうが、関係のない者が、近隣の有名な神輿祭(浅草三社、深川、山王、神田など)に参入している光景を目にします。そういうのを嫌う年寄も多くいます。
しかし、疫病封じの祇園祭が、コロナで縮小・延期せざるを得なかった荒川区蘇民将来の子孫たちは、悔しかったことでしょう。
安達恭史
Posted by 安達恭史 at 2023年04月01日 14:54
安達恭史さま
寺町の高校生なら、わざわざ豊川高校に依頼はないでしょう。
ポスターはフェイスブックとやらに載っています。
https://www.facebook.com/unagoji/?locale=ja_JP
ポスターとは、ポスターとは、広告・宣伝するために図表や写真、文章などでデザインし、大判の紙へ印刷され、壁や柱などに掲示されたものと定義されますが、フェイスブックとやらに載る落書きは、「広告・宣伝するために」とはかけ離れたものです。
まったくの独りよがりです。
風祭でも、三谷祭でも、ポスターは広告宣伝になっています。
この独りよがりが、シャッター街という言葉が生まれるはるか以前にシャッター街と化した牛久保の伝統なのでしょう。
寺町の高校生なら、わざわざ豊川高校に依頼はないでしょう。
ポスターはフェイスブックとやらに載っています。
https://www.facebook.com/unagoji/?locale=ja_JP
ポスターとは、ポスターとは、広告・宣伝するために図表や写真、文章などでデザインし、大判の紙へ印刷され、壁や柱などに掲示されたものと定義されますが、フェイスブックとやらに載る落書きは、「広告・宣伝するために」とはかけ離れたものです。
まったくの独りよがりです。
風祭でも、三谷祭でも、ポスターは広告宣伝になっています。
この独りよがりが、シャッター街という言葉が生まれるはるか以前にシャッター街と化した牛久保の伝統なのでしょう。
Posted by 柴田晴廣
at 2023年04月01日 15:32

安達恭史さま
軌道條例の制定により、天下祭(神田祭及び山王祭)では、山車を曳かなくなり、御輿に替わりました。
祭りの変容の最先端を走っているのが、江戸の祭りです。
私は、高山祭で先頭を行く、神楽台の意匠は、天下祭で先頭を行った諫鼓鶏の吹き貫きの山車を意識したものと考えていますが、神田祭で御輿を担いでいる者の多くが、諫鼓鶏の吹き貫きの山車といっても知らないんじゃないでしょうか。
軌道條例の制定により、天下祭(神田祭及び山王祭)では、山車を曳かなくなり、御輿に替わりました。
祭りの変容の最先端を走っているのが、江戸の祭りです。
私は、高山祭で先頭を行く、神楽台の意匠は、天下祭で先頭を行った諫鼓鶏の吹き貫きの山車を意識したものと考えていますが、神田祭で御輿を担いでいる者の多くが、諫鼓鶏の吹き貫きの山車といっても知らないんじゃないでしょうか。
Posted by 柴田晴廣
at 2023年04月01日 15:33

柴田晴廣 様
豊川高校に頼みに行った、ということですね。なるほど。。。
今年の若葉祭のポスター、拝見しました。つでに過去の風祭や三谷祭のポスターも見てみました。印刷段階で、アクセスの案内図や、宵祭と本祭のスケジュールを載せるのでしょうかねぇ。
写真も、なんだかお車ばかりで、ダシも四組、映っていません。笹踊ややんよう神の姿もなく、お車マニアの素人写真ではなかろうか。。。ポスターには神兒、笹踊、やんよう神がいるべきだし、三つ車を中心に据えたデザインのほうが気が利いていると思いました。
江戸天下祭の諫鼓鶏の吹き貫き山車のこと、一般的に知られていないと思います。そもそも山車を曳いていた祭礼としての認知が今はとても低いです。川越祭が山車を曳いていた頃の天下祭を彷彿とさせるものがあり、現在の川越氏子衆のほうが、むしろ江戸の天下祭の山車や御幸行列のことをよく知っていると思います。展示館があり、江戸期の天下祭の様子を描いた絵も、詳しい解説文をつけて紹介していましたからね。
安達恭史
豊川高校に頼みに行った、ということですね。なるほど。。。
今年の若葉祭のポスター、拝見しました。つでに過去の風祭や三谷祭のポスターも見てみました。印刷段階で、アクセスの案内図や、宵祭と本祭のスケジュールを載せるのでしょうかねぇ。
写真も、なんだかお車ばかりで、ダシも四組、映っていません。笹踊ややんよう神の姿もなく、お車マニアの素人写真ではなかろうか。。。ポスターには神兒、笹踊、やんよう神がいるべきだし、三つ車を中心に据えたデザインのほうが気が利いていると思いました。
江戸天下祭の諫鼓鶏の吹き貫き山車のこと、一般的に知られていないと思います。そもそも山車を曳いていた祭礼としての認知が今はとても低いです。川越祭が山車を曳いていた頃の天下祭を彷彿とさせるものがあり、現在の川越氏子衆のほうが、むしろ江戸の天下祭の山車や御幸行列のことをよく知っていると思います。展示館があり、江戸期の天下祭の様子を描いた絵も、詳しい解説文をつけて紹介していましたからね。
安達恭史
Posted by 安達恭史 at 2023年04月01日 16:55
柴田晴廣 様
若葉祭のポスターについて、もう少し言及しておきますと、わしが下でお囃子の稚児をしとったとき、お祭が大好きで、新聞の折り込み広告の白紙面に、四組のダシをきちんと並べて描いとったに。子供であっても、自分の町内の西若を贔屓にせず、きちんと牛久保のお祭りは四つの組があることを、きちんと理解しとったわけです。小生は、フェイスブックに好きなところだけを切り取って書き散らしているような大人たちとは稚児の頃から一線を画していたぞん、と自負しております(笑)。ちなみに小生はSNSをやっておりません。
安達恭史
若葉祭のポスターについて、もう少し言及しておきますと、わしが下でお囃子の稚児をしとったとき、お祭が大好きで、新聞の折り込み広告の白紙面に、四組のダシをきちんと並べて描いとったに。子供であっても、自分の町内の西若を贔屓にせず、きちんと牛久保のお祭りは四つの組があることを、きちんと理解しとったわけです。小生は、フェイスブックに好きなところだけを切り取って書き散らしているような大人たちとは稚児の頃から一線を画していたぞん、と自負しております(笑)。ちなみに小生はSNSをやっておりません。
安達恭史
Posted by 安達恭史 at 2023年04月01日 17:14
安達恭史さま
昨日、豊川信用金庫の職員が、来た折に、信用金庫さんにも貼ってある若葉祭のポスター見て、どんなお祭りかわかる?ときいたところ、コロナで中止になってから、牛久保支店に来たから、よくわからないと。
で、動画を見せたら、「全然すごいじゃないですか。これは見てみたい」と。
ポスターもっと作りようがあるんじゃないとも。
これが、世間の人の素直な反応でしょう。
上若の囃子で女性を募集していましたが、嫁いできた女性の方が参加するようです。
養子に行った某氏とはえらい違いです。
川越は、鉾台型ですね。ただ、あそこがいいのは、大向こうからの「待ってました」に、「待っていたとはありがてえ」で応える、山王祭を舞台にした『再茲歌舞伎花轢』(通称・申酉)の鳶の頭を思わせる梃子前の衣装がいい。
また、若葉祭と同日に開催される、遠州横須賀の祭りは、牛に曳かせないだけで、一本柱万度の二輪。
これも天下祭の面影を残すものです。
昨日、豊川信用金庫の職員が、来た折に、信用金庫さんにも貼ってある若葉祭のポスター見て、どんなお祭りかわかる?ときいたところ、コロナで中止になってから、牛久保支店に来たから、よくわからないと。
で、動画を見せたら、「全然すごいじゃないですか。これは見てみたい」と。
ポスターもっと作りようがあるんじゃないとも。
これが、世間の人の素直な反応でしょう。
上若の囃子で女性を募集していましたが、嫁いできた女性の方が参加するようです。
養子に行った某氏とはえらい違いです。
川越は、鉾台型ですね。ただ、あそこがいいのは、大向こうからの「待ってました」に、「待っていたとはありがてえ」で応える、山王祭を舞台にした『再茲歌舞伎花轢』(通称・申酉)の鳶の頭を思わせる梃子前の衣装がいい。
また、若葉祭と同日に開催される、遠州横須賀の祭りは、牛に曳かせないだけで、一本柱万度の二輪。
これも天下祭の面影を残すものです。
Posted by 柴田晴廣
at 2023年04月01日 17:24

安達恭史さま
私が大山車に乗っていたころの話ですが、県の民俗芸能大会が豊川で開催され、牛久保に参加の依頼が来たとき、民俗芸能大会にもかかわらず、やんよう神のみを参加させると、氏子総代が頓珍漢なことを言っていたのが牛久保です。
それと変わらずに、頓珍漢なポスターを作ってるわけです。
自分たちで作らず、餅は餅屋で、専門のポスター制作者に頼まないから、こんなことになるんです。
もっとも、ポスター制作者に、診た人に何を伝えたいかも、いえないでしょうが。
私が大山車に乗っていたころの話ですが、県の民俗芸能大会が豊川で開催され、牛久保に参加の依頼が来たとき、民俗芸能大会にもかかわらず、やんよう神のみを参加させると、氏子総代が頓珍漢なことを言っていたのが牛久保です。
それと変わらずに、頓珍漢なポスターを作ってるわけです。
自分たちで作らず、餅は餅屋で、専門のポスター制作者に頼まないから、こんなことになるんです。
もっとも、ポスター制作者に、診た人に何を伝えたいかも、いえないでしょうが。
Posted by 柴田晴廣
at 2023年04月01日 17:46

柴田晴廣 様
お話を伺っていますと、まともなポスターを作れない牛久保の氏子祭礼関係者に企画力を求めても無駄そうですね。
祭礼以外で川越に行ってみて感心したことは、川越を世界にPRしていこうという意気込みがにじみ出ていることです。その要素の一つとして川越祭を位置づけています。毎日祭礼はしませんから、代わりに展示館が建てられて、年中、川越祭を感じられる工夫満載、交代で貴重で特徴的な山車も展示しています。すごく成功していると思いました。
有効活用できているのかわからない牛久保公民館など刷新し、若葉祭のPRブースを作るのもいいと思いますが、現状、利用者も少なけりゃ、そういう発想すら持たない今の氏子衆では、柴田さんが指摘される悪い意味での祭礼の変容は、止められないでしょう。残念です。
お話を伺っていますと、まともなポスターを作れない牛久保の氏子祭礼関係者に企画力を求めても無駄そうですね。
祭礼以外で川越に行ってみて感心したことは、川越を世界にPRしていこうという意気込みがにじみ出ていることです。その要素の一つとして川越祭を位置づけています。毎日祭礼はしませんから、代わりに展示館が建てられて、年中、川越祭を感じられる工夫満載、交代で貴重で特徴的な山車も展示しています。すごく成功していると思いました。
有効活用できているのかわからない牛久保公民館など刷新し、若葉祭のPRブースを作るのもいいと思いますが、現状、利用者も少なけりゃ、そういう発想すら持たない今の氏子衆では、柴田さんが指摘される悪い意味での祭礼の変容は、止められないでしょう。残念です。
Posted by 安達恭史 at 2023年04月01日 18:05
安達恭史さま
川越は、大学の沿線でしたから、四十数年前の時の鐘周辺は知っております。
そのころは、駅からも遠くて、閑散としておりました。
今の牛久保を思わせるものでした。
何がきっかけだったのか、興味あるところですね。
川越は、大学の沿線でしたから、四十数年前の時の鐘周辺は知っております。
そのころは、駅からも遠くて、閑散としておりました。
今の牛久保を思わせるものでした。
何がきっかけだったのか、興味あるところですね。
Posted by 柴田晴廣
at 2023年04月01日 18:34

柴田晴廣 様
詳しいことは分かりませんが、川越市も東京圏の衛星都市として発展してきましたが、少子化・高齢化に伴う市政の将来を考えて、住みやすい街づくりから、外部のひとから選ばれる街づくりへ戦略を変えて取り組んできたようです。その中で、強みの一つに川越祭があり、国内観光客のみならずインバウンドの呼び込みも広報してきたという経緯だと思います。
川越祭に目を向けると、この祭礼は平成17年(2005年)、「川越氷川祭の山車行事」として 国指定重要無形民俗文化財となり、平成28年(2016)には、「川越氷川祭の山車行事」として、ユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」に登録されました。川越まつり会館は2003年(平成15年)9月に開館していることから、先ずは国の指定を受けることを目指して取り組んできたのだと思います。
志、計画性、実行力がなければ取り組めないことだと思います。ちなみに小生は「川越ファン」ということではありませんけどね。
安達恭史
詳しいことは分かりませんが、川越市も東京圏の衛星都市として発展してきましたが、少子化・高齢化に伴う市政の将来を考えて、住みやすい街づくりから、外部のひとから選ばれる街づくりへ戦略を変えて取り組んできたようです。その中で、強みの一つに川越祭があり、国内観光客のみならずインバウンドの呼び込みも広報してきたという経緯だと思います。
川越祭に目を向けると、この祭礼は平成17年(2005年)、「川越氷川祭の山車行事」として 国指定重要無形民俗文化財となり、平成28年(2016)には、「川越氷川祭の山車行事」として、ユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」に登録されました。川越まつり会館は2003年(平成15年)9月に開館していることから、先ずは国の指定を受けることを目指して取り組んできたのだと思います。
志、計画性、実行力がなければ取り組めないことだと思います。ちなみに小生は「川越ファン」ということではありませんけどね。
安達恭史
Posted by 安達恭史 at 2023年04月01日 21:52
安達恭史さま
川越祭については、小江戸川越のアピールと連動していると思います。
この小江戸川越も、私が学生の頃は、あまりアピールしていなかったように思います。
時の鐘周辺は、小江戸とは、別の確か明治の大火で、土蔵造りになったはずです。
いずれにしtも、昔は、東上線の川越駅から、丸広デパート辺りまでが人手があり、それより北は人もまばらでした。
川越祭については、小江戸川越のアピールと連動していると思います。
この小江戸川越も、私が学生の頃は、あまりアピールしていなかったように思います。
時の鐘周辺は、小江戸とは、別の確か明治の大火で、土蔵造りになったはずです。
いずれにしtも、昔は、東上線の川越駅から、丸広デパート辺りまでが人手があり、それより北は人もまばらでした。
Posted by 柴田晴廣
at 2023年04月01日 22:13

柴田晴廣 様
小江戸川越キャンペーン、確かにありますね(^^)。
安達恭史
小江戸川越キャンペーン、確かにありますね(^^)。
安達恭史
Posted by 安達恭史 at 2023年04月01日 22:33
安達恭史さま
小江戸のほかにも、小京都という言葉もあります。
『穂国幻史考(増補新版)』でも、言及してありますが、遠州には、横須賀の一本柱万度のほかにも二輪屋台があります。
御所車型と呼ばれるものです。
御所車。京都をイメージするものです。遠州の小京都と呼ばれる森の祭りや掛川大祭で曳かれるタイプです。
ところが、現地では、御所車という呼び方から、森・掛川型と呼ぶ者が億なっているとのこと。
森は、舞楽が国指定の重要無形民俗文化財になっており、それゆえ、小京都との意識が住民にも会ったと思うのですが、横須賀の葛西囃子系の囃子を取り入れるなど、幕末から、目は江戸に向いていました。
ちなみに、文久の大喧嘩は、この横須賀の囃子を森で取り入れたことが一因だといわれます。
いわば森の住民の共同幻想が、小京都から小江戸に変わったということですが、この共同幻想の変容により、祭禮も当然変容したといえると思います。
答えになっていない返信になってすみません。
小江戸のほかにも、小京都という言葉もあります。
『穂国幻史考(増補新版)』でも、言及してありますが、遠州には、横須賀の一本柱万度のほかにも二輪屋台があります。
御所車型と呼ばれるものです。
御所車。京都をイメージするものです。遠州の小京都と呼ばれる森の祭りや掛川大祭で曳かれるタイプです。
ところが、現地では、御所車という呼び方から、森・掛川型と呼ぶ者が億なっているとのこと。
森は、舞楽が国指定の重要無形民俗文化財になっており、それゆえ、小京都との意識が住民にも会ったと思うのですが、横須賀の葛西囃子系の囃子を取り入れるなど、幕末から、目は江戸に向いていました。
ちなみに、文久の大喧嘩は、この横須賀の囃子を森で取り入れたことが一因だといわれます。
いわば森の住民の共同幻想が、小京都から小江戸に変わったということですが、この共同幻想の変容により、祭禮も当然変容したといえると思います。
答えになっていない返信になってすみません。
Posted by 柴田晴廣
at 2023年04月02日 00:07

柴田晴廣 様
色々と教えていただきましてありがとうございました。森で起こった「文久の大喧嘩」の経緯を知ると、なるほどなぁ、と思いました。若葉祭でも過去に騒擾がありましたね。今日、牛久保で大乱闘はないにしても、祭礼の変質は始まると、あっという間に進み、元に戻すにも困難ですね。
安達恭史
色々と教えていただきましてありがとうございました。森で起こった「文久の大喧嘩」の経緯を知ると、なるほどなぁ、と思いました。若葉祭でも過去に騒擾がありましたね。今日、牛久保で大乱闘はないにしても、祭礼の変質は始まると、あっという間に進み、元に戻すにも困難ですね。
安達恭史
Posted by 安達恭史 at 2023年04月02日 10:03
安達恭史さま
祭礼ないし祭礼組織の変容といった事例については、柳田民俗学からは、アプローチはなく、アプローチしたところで、柳田民俗学の手法では、手も足も出ないのではないかと思います。
柳田民俗学は、神仏習合にも無力。
『穂国幻史考』でも言及してありますが、私は、大筒や乱玉の振り込みは、「水の字を書いている」など、いろいろ言われておりますが、これも柳田民俗学の弊害で、私は秉炬にそのルーツがあると考えております。
秉炬は、曹洞宗の葬儀で、柩に火を放つ儀式で、引導を渡した後に行われます。松明を模した20センチ余りのものが用意されている場合もありますが、個人の得度に用いる剃刀で代用されることも多く、この剃刀の代用からでは、振り込み委との共通点には気づかないと思います。
話が前後しますが、秉炬は、曹洞宗の葬儀で行われるものです。曹洞宗の葬儀で、鉦、太鼓、銅鑼を打ち鳴らす、鼓鈸三通は、野辺送りで行われていたもので、この鼓鈸三通のの地位に、引導が渡されます。
煙火自体が、盆の送り火をルーツとすることからすれば、振り込みを考えるに、佛教を通して考えるのは当たり前なのですが、柳田民俗学はそれを邪魔しております。
馬琴が、天下一と称賛した城内天王(現吉田神社)の花火。その城内天王の祭りの立物花火は、五山の送り火などの送り火を松明かっら火薬に置き換えたものと考えられますし、手筒も乗本万灯や信玄塚のひおんどりを火薬に置き換えたものです。
万灯が出たついでに言えば、一本柱万度の万度も万灯をルーツとし、刈谷の万灯祭りの万灯も万灯をルーツとするものです。
刈谷の万度祭の万灯は、巨大化したとはいえ、一人で担いでいますが、これがさらに巨大化したのが、ねぶたやねぷたです。
そもそも、日本を代表する祭りの京都祇園祭が、感神院の祇園社の法事であったことからすれば、祭りを考える上で、佛法は不可欠なものです。
祭礼ないし祭礼組織の変容といった事例については、柳田民俗学からは、アプローチはなく、アプローチしたところで、柳田民俗学の手法では、手も足も出ないのではないかと思います。
柳田民俗学は、神仏習合にも無力。
『穂国幻史考』でも言及してありますが、私は、大筒や乱玉の振り込みは、「水の字を書いている」など、いろいろ言われておりますが、これも柳田民俗学の弊害で、私は秉炬にそのルーツがあると考えております。
秉炬は、曹洞宗の葬儀で、柩に火を放つ儀式で、引導を渡した後に行われます。松明を模した20センチ余りのものが用意されている場合もありますが、個人の得度に用いる剃刀で代用されることも多く、この剃刀の代用からでは、振り込み委との共通点には気づかないと思います。
話が前後しますが、秉炬は、曹洞宗の葬儀で行われるものです。曹洞宗の葬儀で、鉦、太鼓、銅鑼を打ち鳴らす、鼓鈸三通は、野辺送りで行われていたもので、この鼓鈸三通のの地位に、引導が渡されます。
煙火自体が、盆の送り火をルーツとすることからすれば、振り込みを考えるに、佛教を通して考えるのは当たり前なのですが、柳田民俗学はそれを邪魔しております。
馬琴が、天下一と称賛した城内天王(現吉田神社)の花火。その城内天王の祭りの立物花火は、五山の送り火などの送り火を松明かっら火薬に置き換えたものと考えられますし、手筒も乗本万灯や信玄塚のひおんどりを火薬に置き換えたものです。
万灯が出たついでに言えば、一本柱万度の万度も万灯をルーツとし、刈谷の万灯祭りの万灯も万灯をルーツとするものです。
刈谷の万度祭の万灯は、巨大化したとはいえ、一人で担いでいますが、これがさらに巨大化したのが、ねぶたやねぷたです。
そもそも、日本を代表する祭りの京都祇園祭が、感神院の祇園社の法事であったことからすれば、祭りを考える上で、佛法は不可欠なものです。
Posted by 柴田晴廣
at 2023年04月02日 10:31

柴田晴廣 様
大筒、乱玉を直に見たのは、中条と豊川だったかな。意識して見てはいませんでした。曹洞宗の秉炬は知りませんでした。ありがとうございました。でも、振り込みのとき、「水」の字を書いているように見えるのでしょうか…次に見るときは注意してみます。
安達恭史
大筒、乱玉を直に見たのは、中条と豊川だったかな。意識して見てはいませんでした。曹洞宗の秉炬は知りませんでした。ありがとうございました。でも、振り込みのとき、「水」の字を書いているように見えるのでしょうか…次に見るときは注意してみます。
安達恭史
Posted by 安達恭史 at 2023年04月02日 11:13
安達恭史さま
秉炬が、今のように真似事ではなく、実際に、三昧所などで、松明で柩に火を放っていたころは、振り込みを秉炬に結びつけて考えた者は、多かったと思います。
葬儀場でやったり、さらには剃刀で代用するから、思いつかないだけでしょう。
洞察力と興味を持つことが大事でしょう。
秉炬が、今のように真似事ではなく、実際に、三昧所などで、松明で柩に火を放っていたころは、振り込みを秉炬に結びつけて考えた者は、多かったと思います。
葬儀場でやったり、さらには剃刀で代用するから、思いつかないだけでしょう。
洞察力と興味を持つことが大事でしょう。
Posted by 柴田晴廣
at 2023年04月02日 12:27

安達恭史さま
餓鬼が活動していない昼日中に施餓鬼(曹洞宗では施食會)を行う僧侶。
そんな意味のない施餓鬼に参列する檀徒。
山口大文化人類学の谷部真吾君がいっておりましたが、今の学生は仏教を知らないと。
学生だけでなく、いい大人もわかっていないから、昼日中に行う施餓鬼をありがたがる。
餓鬼が活動していない昼日中に施餓鬼(曹洞宗では施食會)を行う僧侶。
そんな意味のない施餓鬼に参列する檀徒。
山口大文化人類学の谷部真吾君がいっておりましたが、今の学生は仏教を知らないと。
学生だけでなく、いい大人もわかっていないから、昼日中に行う施餓鬼をありがたがる。
Posted by 柴田晴廣
at 2023年04月02日 12:44

柴田晴廣 様
今日では、秉炬を目にすることもないでしょう。若衆に所作を教えるときに、「水を描く要領で」と教えられてきたのかもしれませんね。その時の記憶が残っているのでしょう。
安達恭史
今日では、秉炬を目にすることもないでしょう。若衆に所作を教えるときに、「水を描く要領で」と教えられてきたのかもしれませんね。その時の記憶が残っているのでしょう。
安達恭史
Posted by 安達恭史 at 2023年04月02日 19:18
柴田晴廣 様
きっと、年寄が若衆に教えるとき「水を描く要領で」と教えられて来たのだろう、と小生も思いました。
安達恭史
きっと、年寄が若衆に教えるとき「水を描く要領で」と教えられて来たのだろう、と小生も思いました。
安達恭史
Posted by 安達恭史 at 2023年04月03日 07:32
安達恭史さま
「水の字」より、普通に見れば、役相撲で褒美をもらうときの所作を連想するのではないでしょうか?
秉炬までは思い及ばないにしても。
「水の字」より、普通に見れば、役相撲で褒美をもらうときの所作を連想するのではないでしょうか?
秉炬までは思い及ばないにしても。
Posted by 柴田晴廣
at 2023年04月03日 18:44

柴田晴廣 様
想像できました。何となく、記憶に残っています。ありがとうございました。
安達恭史
想像できました。何となく、記憶に残っています。ありがとうございました。
安達恭史
Posted by 安達恭史 at 2023年04月03日 21:00
補足
このやり取りを読んだ知人から、「がっぷり四つの充実したやりとり」とのメールを頂いた。
ここで、一点、補足をしておく。
牛久保では、祭禮の費用は、町内会費で賄っている。
当然、年行司等で参加した者の食費や酒代も、貯油内会費で賄われることになる。
こうしたことが続けば、町内会費は払わんという家も出てくるだろう。
そういった家が増えれば、祭禮の存続は不可能になる。
目先だけで、町籍を持ってない者に祭礼の参加を促しておれば、若葉祭の存続は難しくなるのである。
こんな当たり前のことがわからない者を、死ななきゃわからないバカと私は考えているのである。
このやり取りを読んだ知人から、「がっぷり四つの充実したやりとり」とのメールを頂いた。
ここで、一点、補足をしておく。
牛久保では、祭禮の費用は、町内会費で賄っている。
当然、年行司等で参加した者の食費や酒代も、貯油内会費で賄われることになる。
こうしたことが続けば、町内会費は払わんという家も出てくるだろう。
そういった家が増えれば、祭禮の存続は不可能になる。
目先だけで、町籍を持ってない者に祭礼の参加を促しておれば、若葉祭の存続は難しくなるのである。
こんな当たり前のことがわからない者を、死ななきゃわからないバカと私は考えているのである。
Posted by 柴田晴廣
at 2023年04月03日 22:06

柴田晴廣 様
柴田さんを相手に、「がっぷり四つ」など恐れ多い話です。
若葉祭だけでなく、笹踊、隠れ太鼓、神兒、獅子頭のある東三河の祭礼に興味がつきませんね。学生時代に沢山見ておけばよかったです。まずは柴田さんの著書で勉強です。
最近、古事記や日本書紀を読み直しております。柴田さんが書かれた記紀の成立時期などの論考を読むと、小生も細かく確認したくなります(十分出来ていませんが…)。倭の五王の五世から六世紀初頭の潤色・改竄が著しいとの話もあります。下って、丁未の乱や乙巳の変の頃の系図を見直すのも重要でしょう。丹波と穂國の繋がりも興味深いです。
安達恭史
柴田さんを相手に、「がっぷり四つ」など恐れ多い話です。
若葉祭だけでなく、笹踊、隠れ太鼓、神兒、獅子頭のある東三河の祭礼に興味がつきませんね。学生時代に沢山見ておけばよかったです。まずは柴田さんの著書で勉強です。
最近、古事記や日本書紀を読み直しております。柴田さんが書かれた記紀の成立時期などの論考を読むと、小生も細かく確認したくなります(十分出来ていませんが…)。倭の五王の五世から六世紀初頭の潤色・改竄が著しいとの話もあります。下って、丁未の乱や乙巳の変の頃の系図を見直すのも重要でしょう。丹波と穂國の繋がりも興味深いです。
安達恭史
Posted by 安達恭史 at 2023年04月03日 22:54
安達恭史さま
笹踊、隠れ太鼓、神兒、そして、獅子頭の送迎も「若葉祭」特有のものではありません。
ただ、よそのお祭りを、見てない者は、特有のものではないものの、他と比べて、「若葉祭」の特徴もわからない。
それがポスターに如実に表れていると思います。
また、よそでは、祭禮予算をどうねん出っしているか、こういったことも考えたことがない。
奥三河の花祭り等を見ればわかるように、限界集落でも祭禮は存続します。
井伊か悪いかは別にして、村落共同体が崩壊しても、祭禮は存続します。
村落共同体が崩壊しているところで、同祭禮を存続させているのか、さらには、村落共同体が崩壊したら、祭禮もやめるのか、このあたりも何も考えていないのが牛久保です。
こうした洞察力のなさは、「若葉祭」のみに限ったものではなく、日本全国全般に及ぶもので、故に、危機の成立過程なとでも、頓珍漢な説が通世でまかり通っています。
笹踊、隠れ太鼓、神兒、そして、獅子頭の送迎も「若葉祭」特有のものではありません。
ただ、よそのお祭りを、見てない者は、特有のものではないものの、他と比べて、「若葉祭」の特徴もわからない。
それがポスターに如実に表れていると思います。
また、よそでは、祭禮予算をどうねん出っしているか、こういったことも考えたことがない。
奥三河の花祭り等を見ればわかるように、限界集落でも祭禮は存続します。
井伊か悪いかは別にして、村落共同体が崩壊しても、祭禮は存続します。
村落共同体が崩壊しているところで、同祭禮を存続させているのか、さらには、村落共同体が崩壊したら、祭禮もやめるのか、このあたりも何も考えていないのが牛久保です。
こうした洞察力のなさは、「若葉祭」のみに限ったものではなく、日本全国全般に及ぶもので、故に、危機の成立過程なとでも、頓珍漢な説が通世でまかり通っています。
Posted by 柴田晴廣
at 2023年04月05日 08:16

柴田晴廣 様
若葉祭以外の笹踊、吉田の笹踊に興味を持ったことが、東三河の祭礼に興味を抱くきっかけでした。調べてみれば、牛久保周辺でも笹踊をしている町が幾つかあり、柴田さんの笹踊研究にたどり着きました。笹踊りから派生して、隠れ太鼓、神兒や獅子頭など、興味がつきませんが、こういった話を牛久保の若衆や年寄連中から聞いたことがなく、すらぬまま大人になりました(苦笑)。
この週末は、若葉祭を思いつつ、柴田さんの著書を読み返してみますね。
安達恭史
若葉祭以外の笹踊、吉田の笹踊に興味を持ったことが、東三河の祭礼に興味を抱くきっかけでした。調べてみれば、牛久保周辺でも笹踊をしている町が幾つかあり、柴田さんの笹踊研究にたどり着きました。笹踊りから派生して、隠れ太鼓、神兒や獅子頭など、興味がつきませんが、こういった話を牛久保の若衆や年寄連中から聞いたことがなく、すらぬまま大人になりました(苦笑)。
この週末は、若葉祭を思いつつ、柴田さんの著書を読み返してみますね。
安達恭史
Posted by 安達恭史 at 2023年04月05日 08:56
安達恭史さま
たどり着いたら、燈台下暗しで、同じ牛久保だった(笑)ってことでしょうか。
たどり着いたら、燈台下暗しで、同じ牛久保だった(笑)ってことでしょうか。
Posted by 柴田晴廣
at 2023年04月05日 10:13

柴田晴廣 様
Small world!
安達恭史
Small world!
安達恭史
Posted by 安達恭史 at 2023年04月05日 18:13
柴田晴廣 様
豊川の週末の天気予報は、金曜日が雨、土日は晴れそうですね。土砂降りの雨でもやる若葉祭はタフですが、天気がいいにこしたことはありません。
お囃子の稚児をしていた時も、何回か雨降りだった記憶があります。雨が降ると楽しくありませんでした。今日では、子供たちが爆竹遊びをすることが少なったようですが、私が稚児をしていた時は、爆竹遊びをする子供たちが多かったですね。土曜日の宵祭にはまだ学校は半ドン授業があって、学校から帰ると、法被を羽織って爆竹遊びに飛び出していったものです。
安達恭史
豊川の週末の天気予報は、金曜日が雨、土日は晴れそうですね。土砂降りの雨でもやる若葉祭はタフですが、天気がいいにこしたことはありません。
お囃子の稚児をしていた時も、何回か雨降りだった記憶があります。雨が降ると楽しくありませんでした。今日では、子供たちが爆竹遊びをすることが少なったようですが、私が稚児をしていた時は、爆竹遊びをする子供たちが多かったですね。土曜日の宵祭にはまだ学校は半ドン授業があって、学校から帰ると、法被を羽織って爆竹遊びに飛び出していったものです。
安達恭史
Posted by 安達恭史 at 2023年04月06日 07:46
安達恭史さま
私が、牛久保小学校に入学したころは、土日ではなく、7・8でした。
牛久保以外の生徒が、牛久保は休みでいいなぁと言っていたのを覚えております。
法被は着ていませんでしたが、登校時には、すでに腹当ては着けておりました。
もちろん、腹当てには、「デンコー(爆竹)」が。
家に着く前に、出しておりました。
確かに土砂降りは嫌ですね。
私が上若組の総長のときは土砂降りでした。
ただ、私は、霧雨ぐらいの天気で、大山車曳きで、衣装替えを吹くのが風情があって好きでした。
衣装替えは、霧雨が似合います。
西若組は、私の母の従兄で、宝来パンの隣に住んでいた、大工の津田さん(西若組の大山車の稚児山車をやっておりました)が、衣装替え吹けましたが、今は誰も吹けません。
安達君も、西若組大山車の衣装替えは聞いたことがないと思います。
私は津田さんが吹いたのを聞いたことがありますが、上若組の大山車の衣装替えとは微妙に違いました。
私が、牛久保小学校に入学したころは、土日ではなく、7・8でした。
牛久保以外の生徒が、牛久保は休みでいいなぁと言っていたのを覚えております。
法被は着ていませんでしたが、登校時には、すでに腹当ては着けておりました。
もちろん、腹当てには、「デンコー(爆竹)」が。
家に着く前に、出しておりました。
確かに土砂降りは嫌ですね。
私が上若組の総長のときは土砂降りでした。
ただ、私は、霧雨ぐらいの天気で、大山車曳きで、衣装替えを吹くのが風情があって好きでした。
衣装替えは、霧雨が似合います。
西若組は、私の母の従兄で、宝来パンの隣に住んでいた、大工の津田さん(西若組の大山車の稚児山車をやっておりました)が、衣装替え吹けましたが、今は誰も吹けません。
安達君も、西若組大山車の衣装替えは聞いたことがないと思います。
私は津田さんが吹いたのを聞いたことがありますが、上若組の大山車の衣装替えとは微妙に違いました。
Posted by 柴田晴廣
at 2023年04月06日 13:29

柴田晴廣 様
メールありがとうございました。柴田さん、残ったぁ残ったぁ、ですよ。勝負はつちゃぁいませんからね。
下の大山車の笛、覚えようと思います。指使いの譜面はありますし、下の会所の隣に住んでたから、大山の笛の旋律は記憶に沁みついています。稚児の頃、下の大山車は置山になり果てており、当時、大山車の「衣装替え」は知りません。コロナ前の祭礼で上の「衣装替え」を初めて聴いたくらいですから。
安達恭史
メールありがとうございました。柴田さん、残ったぁ残ったぁ、ですよ。勝負はつちゃぁいませんからね。
下の大山車の笛、覚えようと思います。指使いの譜面はありますし、下の会所の隣に住んでたから、大山の笛の旋律は記憶に沁みついています。稚児の頃、下の大山車は置山になり果てており、当時、大山車の「衣装替え」は知りません。コロナ前の祭礼で上の「衣装替え」を初めて聴いたくらいですから。
安達恭史
Posted by 安達恭史 at 2023年04月06日 21:44
安達恭史さま
私が小若い衆のころまでは、宵祭りの行事がすべて終わってから、上若は大山車を曳いていました。
お宮から共榮湯までです。
私が小若い衆ですから、安達君が、稚児をやっていたころです。
夜の大山車曳も風情がありました。
津田さんは、母の父型の従兄ですが、安達君の近所の丸秀の秀さんは、母の母型の従姉でした。
私が小若い衆のころまでは、宵祭りの行事がすべて終わってから、上若は大山車を曳いていました。
お宮から共榮湯までです。
私が小若い衆ですから、安達君が、稚児をやっていたころです。
夜の大山車曳も風情がありました。
津田さんは、母の父型の従兄ですが、安達君の近所の丸秀の秀さんは、母の母型の従姉でした。
Posted by 柴田晴廣
at 2023年04月06日 22:37

柴田晴廣 様
今年も木曜日の晩に会所開きをしたと思います。稚児をしていたとき、下中組の会所開きを手伝っていた記憶があります。もちろん、子供ですから力仕事は出来ないので、見物みたいなものでしたが、楽しみで落ち着かなかったものです。
いつだったか、常盤通りの舗装工事があって、櫓を立てるための穴が埋められてしまっていたことがあり、ハンマードリルを持ち出して穴のある位置を推定してアスファルトをはがして立てたことがありました。難儀をしました。会所開きの当日まで気づかなかったのか、わかっていて当日穴を掘ったのか、真相はわかりませんが、それ以降、舗装工事などをしても、穴を埋めないように配慮してきたようです。
今日見られる下中組の会所の櫓は、小生が稚児をしていた当時のものではなく、後年更新したもののようです。
安達恭史
今年も木曜日の晩に会所開きをしたと思います。稚児をしていたとき、下中組の会所開きを手伝っていた記憶があります。もちろん、子供ですから力仕事は出来ないので、見物みたいなものでしたが、楽しみで落ち着かなかったものです。
いつだったか、常盤通りの舗装工事があって、櫓を立てるための穴が埋められてしまっていたことがあり、ハンマードリルを持ち出して穴のある位置を推定してアスファルトをはがして立てたことがありました。難儀をしました。会所開きの当日まで気づかなかったのか、わかっていて当日穴を掘ったのか、真相はわかりませんが、それ以降、舗装工事などをしても、穴を埋めないように配慮してきたようです。
今日見られる下中組の会所の櫓は、小生が稚児をしていた当時のものではなく、後年更新したもののようです。
安達恭史
Posted by 安達恭史 at 2023年04月07日 11:20