2020年02月27日

豊川市に勝るとも劣らない愛知県

 『牛窪考(増補改訂版)』の補遺二のタイトルは、「豊川流域の特殊神事「笹踊」の考察」だ。
 この「豊川流域の特殊神事「笹踊」」については、三十年ほど前、東愛知新聞に寄稿して以来取り組んで来た。
 豊川市で十二ヶ所、豊橋市及び新城市がそれぞれ三ヶ所、蒲郡市が一ヶ所、そして「豊川流域の特殊神事「笹踊」」から影響を受けたと考えられる「笹踊」が旧額田町の石原で奉納されている。
 この「笹踊」を視覚面から定義すれば、唐子衣装に笠を冠り、胸に太鼓を付けた三人の踊り手による風流太鼓踊ということになろうか。そして目だけ出し顔を赤布で隠している、笠の縁に赤布を巡らし、顔を隠す、あるいは顔に化粧を施している。
 その県下二十ヶ所(旧額田町石原含む)の「笹踊」について愛知県教育委員会発行『愛知の民俗芸能』、サブタイトル「昭和六一~六三年度 愛知県民俗芸能総合調査報告書」は、

  笹踊り これは三河特有の太鼓ばやしである。調査では豊橋市萱町『祇園祭笹踊り』、蒲郡市三谷町八剣神社「くぐり太鼓(笹踊り)」、宝飯郡小坂井町菟足神社「笹踊り」、同郡御津町引馬神社「笹踊り」が挙がっている。
  引馬神社の祭神は牛頭天王である。豊川流域では牛頭天王を祀るところが多く、天王を祀る殆どの神社に笹踊りが伝承されている。
  笹踊りは大太鼓一人、小太鼓二人の三人が襟元に笹の小枝をさして踊る。(後略)

と(同書79頁)、これが県民税を使って調査作成した報告書かと思う内容だ。
 報告書は、「調査では豊橋市萱町『祇園祭笹踊り』、蒲郡市三谷町八剣神社「くぐり太鼓(笹踊り)」、宝飯郡小坂井町菟足神社「笹踊り」、同郡御津町引馬神社「笹踊り」が挙がっている」と記すが、「笹踊りは大太鼓一人、小太鼓二人の三人が襟元に笹の小枝をさして踊る」ところなど、旧額田町の石原を含めて一つもない。
 加えて「豊橋市萱町『祇園祭笹踊り』」は、馬琴が日本一の花火と称賛した吉田の祇園(『羇旅漫録』卷の上の一八「吉田の花火」)の「笹踊」を指すが、城内天王が鎮座するのは、関屋であって萱町ではない。また小太鼓は吉田宿裏町十二町の一つ萱町が務めるが、大太鼓は裏町十二町の一つ指笠町が務める。
 さらに「豊川流域では牛頭天王を祀るところが多く、天王を祀る殆どの神社に笹踊りが伝承されている」としるしているが、これも問題だ。
 確かに豊川流域では牛頭天王社を祀る社は多い。実質的な編集執筆を太田亮が担当した名著『神社を中心としたる寶飯郡史』も、舊寶飯郡東南部(豊川下流域左岸)を天王社の一大密集地域としている。
 「天王を祀る殆どの神社に笹踊りが伝承されている」とすれば、十九ヶ所(豊川流域から外れる旧額田町石原を除く)でおさまるはずもない。
 上記のように、報告書は、「調査では豊橋市萱町『祇園祭笹踊り』、蒲郡市三谷町八剣神社「くぐり太鼓(笹踊り)」、宝飯郡小坂井町菟足神社「笹踊り」、同郡御津町引馬神社「笹踊り」が挙がっている」と記すが、「蒲郡市三谷町八剣神社」も「宝飯郡小坂井町菟足神社」も天王社ではない。
 愛知県発行の他の民俗調査報告も、五十歩百歩。
 2003年発行の『愛知県史民俗調査報告書6』収録の鬼頭秀明執筆「東三河における祭礼風流の諸相―神幸祭と風流」の「笹踊」の説明も実見したとはとても思えない杜撰な内容だ。
 たとえば鬼頭秀明は、「ケンケト踊りは片足跳びをする芸能として知られている。笹踊りでも片足跳びが所作の一つとして加わっているところもある。それは、一宮町大木の進雄神社祭礼で西原地区から奉納されるものである」(同書224頁)と書いているが、大木のお祭りの「笹踊」は、跳躍はするものの、その跳躍は両膝を閉じた両足での跳躍で片足での跳躍ではない。
 『愛知県史民俗調査報告書6』の目次の前には、合同調査会を行った旨が記されているが、鬼頭秀明がこの合同調査会に参加していたとはとても思えない。
 当然、鬼頭秀明には県から執筆料が支払われているだろうが、どういった基準で鬼頭秀明に執筆を依頼したのかわからない。
 「東三河における祭礼風流の諸相―神幸祭と風流」には、しっかりしたフィールドワークで、石原を除く十九ヶ所すべての「笹踊」について言及してある間宮照子著『三河の笹踊り』を参考にした旨が記してある。
 おそらく間宮さんの著作を参考に、実地には赴かず、ビデオ等を見て、調査報告を「創作」したのだろう。
 こうした参考にする文献のない御馬の「七福神踊」の説明などでたらめだ。
 さらに実見していない証拠もある。「東三河における祭礼風流の諸相―神幸祭と風流」には「隠れ太鼓」の言及もある。『愛知県史民俗調査報告書6』がいう合同調査会が行われたころ、私は「若葉祭」の上若組の「隠れ太鼓」の囃子方を担当していた。二十年近く私は囃子方を担当していたが、一度として調査があったことはない。「東三河における祭礼風流の諸相―神幸祭と風流」の「隠れ太鼓」の言及は「笹踊」以上に杜撰なものだ。

 こんなでたらめな愛知県であるが、今回のコロナウィルスの対応にはひそかに期待している。
 鳥インフルエンザ、豚コレラと、愛知県は他の都道府県と比べ、遥かに感染症に対するキャリアとノウハウを積んでいるからだ。

※豊川市の杜撰さについては、前回の投稿を参照。



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Posted by 柴田晴廣 at 08:21│Comments(0)牛窪考(増補版)
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